読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

DaiChanのブログ

文系大学生DaiChanの雑記ブログです。

大学生は何を考えてアルバイトするべきか(1) 僕のアルバイト経験談

昔と違って、今は大学生のほとんどが何らかのアルバイトをして、お金を得ていると言われています。

実際、僕の周りの友達もアルバイトをしているか、もしくは経験しています。僕の周りの大学生のうちアルバイトを一回もやったことがない、という人は僕の知っている限りではゼロでした。

ほとんどの人は、地元や大学周辺のスーパーやコンビニや飲食店などでアルバイトをしたり、塾の講師や家庭教師をしたり、もしくは携帯ショップやコールセンターなどの高度な接客の技術が求められるようなところで学生アルバイトとして、フルタイムの契約社員に混じって働いていたりします。

どこかに継続されて雇用されているわけではない、という人も、学生サービスセンターなどで人材登録を行い、定期的に単発のアルバイトをこなしている感じです。

そこで、今回は大学生がアルバイトをする上で頭に入れておきたいことや、アルバイトをする上での考え方について書いていきたいと思います。

なお、この記事では「大学生」のアルバイトについて書いています。したがって、専門学校生や高校生のアルバイトについては触れていません。その理由は、僕が大学生であるからということと、専門学校生や高校生のアルバイトについては、実際に詳しく話を聞いたりすることがあまりなかったので、記事を書くための十分な知識がなかったからです。

しかし、学業とアルバイトの両立というテーマ自体は、多くの学生にとって普遍的なテーマであることは間違いないはずなので、何らかのかたちで参考になるかもしれませんし、そうなってくれることを祈って書いています。

 

なお、あらかじめ断っておきますが、結構な長文になりそうなので、2、3回くらいに分けて書きます。

今回は僕自信のアルバイト経験について詳しくお話しし、次回の投稿にて、大学生がアルバイトをする際に、どのようなことを頭に入れておくべきなのか、ということについて僕自身の経験を基に話していきたいと思います。

 

では、本題に入ります。

 

アルバイトをすることで、僕たちは労働に対する対価として賃金を得ることが出来ますし、また、大学生のうちに、社会人になる前に学校の外で雇われてみることで、社会で生きて行く上で絶対に必要になってくる貴重な社会経験を積むことが出来ます。

しかし、良いことばかりではありません。どこかで雇われて働くということは、自分自身とその職場の人たちとの間に人間関係が生じることを意味します。また、お金をもらって働くということはそれだけ責任も伴ってきます。

したがって、アルバイトをするということは、それだけ悩みが増えるということでもあります。

もちろん、これは大学生に限った話ではないでしょう。社会人の場合は、学生の倍くらい働きますから、学生以上に人間関係も上手く築かなければなりませんし、正社員として勤める場合はもちろん、契約社員としてフルタイムで勤める場合も、自分がする仕事に対してかなりの責任が生じてくると思います。

 

ただし、ここで一つ重要なことを確認しておかなければなりません。

それは、学生の本分は「学業」であるということです。

大学生が社会に対しての責任を一切負わないとか、職場において大学生が無条件に優遇されるべきであるとか、そういうことを言いたいわけではありません。

しかし、せっかく受験勉強をして、入学金も授業料も支払って、大学に通っているのですから、大学での生活とアルバイトをしっかりと両立させるべきです。

 

では、どのようにしたら上手く両立できるのでしょうか。

僕はアルバイトとの向き合い方が重要になると考えます。

どのようなアルバイトとの向き合い方がベストなのかは、人によって異なってきますので、一概に何が良いとは言えないのですが、僕自身の経験をもとにちょっと書いてみようと思います。

 

僕は大学入学から間もなくして、大学の近くのスーパーでアルバイトを始めました。確か6月くらいからでした。

バイト先を決めた理由は、いくつかあります。

1つ目は、まだ自分の車どころか免許も持っておらず、自動車学校に通うお金もなかったので、大学から歩いていける場所でなければならなかったということです。

学生が車を持つというと、すごく贅沢なことに聞こえるかもしれませんが、沖縄では公共交通機関があまり発達してない上、唯一の移動手段であるバスもほとんど時間通りに運行しないので、大学で授業を受けた後にバスでアルバイト先に移動するという通勤方法をとると、遅刻のリスクがすごく高まります(笑)。

車のない沖縄での生活は、不自由そのものなのです(笑)。

2つ目は、家庭があまり裕福ではなかったので、ある程度がっつり働いてがっつり稼ぐ必要があったということです。

大学の近くにはコンビニがいくつかあったのですが、求人情報に掲載されていた時給と勤務時間から月の手取りを計算してみると、明らかに十分ではなかったので、がっつり働けるスーパーを選びました。

 

1日5時間の労働で、休みは月に8日程度という契約でした。なので、契約通りに働いたとしても月に100〜110時間は働くことになります。

 しかし、実際は毎日のように残業がありました。というよりも、残業しないと終わらせることが出来ないくらいの仕事量を与えられて、それを終わらせるまで帰れないというシステムでした。

「自分の仕事は責任を持って最後までやれ」と上長や他の社員から言われ、他のアルバイト生もそれに従っていました。

僕も高校を卒業したばかりで世間知らずでしたし、お金は絶対に必要だったので、不条理な残業も意味の分からない説教も受け入れてました。

今になって振り返ってみると、かなりのパワハラだったと思います(笑)。

しかし、僕は良くも悪しくもそのような状況を乗り越えて、1年半続けました。

1年が経過したあたりからパワハラはほぼ無くなりました。ずっと社畜を続けてきたおかげで、仕事をだいぶ覚えていたからです。また、仕事をする上で周りの人たちが僕に対して何を求めているのかが、だんだん分かるようになってきました。

他のアルバイト生やパートのおばさん達からも信頼を得るようになっていたので、社員も僕を信頼するようになっていました。

そのようなこともあって、僕はアルバイトに対してほとんどストレスを感じなくなっていました。もちろん、相変わらず仕事内容はきつく、残業もあったのですが(笑)。

かなり多忙な毎日を過ごしていましたが、勉強とアルバイトの両立も出来ていたし、何より充実していました。休みの日には、アウトレットモールなどに一人で出かけて行って、洋服を眺めたりして楽しむくらいの元気がありました。そして、じっくり選んだ洋服を買うお金もありました。もちろん、そこまで高価なものではありませんでしたが。

 

ただ、大学3年次になる前くらいにそのアルバイトを退職しました。3年次からは勉強がもっと本格的になるし、将来についてもよりしっかりと考えなければならないので、この多忙さでは厳しいだろうと思ったのです。

退職はちょっと難しくなるかと思いきや、とてもスムーズに出来ました。円満退職でした。

「次の繁忙期が終わったら退職したいのですが、、、」と店長や上司に相談すると、「分かりました。繁忙期までいようという気持ちはとても嬉しいです。将来に向けて頑張ってください。」と笑顔で言われたので、少し拍子抜けだったのを覚えています(笑)。

僕の働き過ぎを心配していた大学の友人たちから、ようやくあのアルバイトを辞めれたんだね、という風に言われたのですが、僕としてはようやく抜け出せたという感じよりも、やりきったという感じの方が強かったです。

 

現在は別の接客業のアルバイトをしています。

詳細は書くことが出来ないのですが、とてもホワイトな会社です。

基本的に残業は無く、休みも取りやすいです。また、勤務時間内に終わらせることが出来なかった仕事については、翌日に引き継ぐことが許されているので、ストレスを感じることはほぼありません。

なのでもう1年半くらい続けているのですが、あっという間に過ぎていたという感じです。 

 

以上が僕のアルバイトの体験談です。

今回は以上になります。次回の投稿では、僕のアルバイト経験談を基にして、大学生がアルバイトをする際に、何を頭に入れておくべきなのか、そしてどのようなことを考えるべきなのか、についてもう少し客観的に書いていきたいと思います。

オススメ本紹介(2) 姜尚中『悩む力』

おはようございます。久しぶりの投稿になってしまいましたが、今日は本の紹介をしようと思います。

 

今回紹介する本は、

 

姜尚中(2008)『悩む力』集英社新書、です。

 

2008年の出版ですので、特に新しい本というわけではありませんし、すでに優れた書評がいくつも出ているのですが、僕は前から良い本だと感じていて、いつかは紹介してみたいと思っていたので、この機会に書こうと思います。

 

この本はタイトルにも表れている通り、悩むことについての本です。

 

前回投稿した記事と内容がけっこう似ています(笑)。実は、僕が前回投稿した記事はこの本からアイデアを得て書いてみたものです。 

 

1、著者について

 

 著者の姜尚中は、ナショナリズムや政治思想史を専門とする政治学者で、特にアジア地域主義論や日本の帝国主義を対象としたポストコロニアリズム研究を行っている方ですが、学生時代から夏目漱石マックス・ウェーバーに傾倒しており、そのことが彼の人格形成に深い影響を及ぼしているようです。

 

2、簡単な内容紹介

 

 「情報ネットワークや市場経済圏の拡大にともなう猛烈な変化に対し、多くの人々がストレスを感じている。格差が広がり、自殺者も増加の一途を辿る中、自己肯定もできず、楽観的にもなれず、スピリチュアルな世界にも逃げ込めない人たちは、どう生きれば良いのだろうか?・・・(中略)・・・現代を代表する政治学者の学識と経験が生んだ珠玉の一冊。生まじめで不器用な心に宿る無限の可能性とは?」(表紙内側より抜粋)

 

 上記のような言わば現代的な問題に関して、著者は自我や価値観、市場経済、消費社会、情報社会など幾つかの補助線を用いつつも、主として漱石ウェーバーの生き方をヒントに答えを見出すことを試みています。

 

3、コメント

 

 最後まで「悩み」を手放さない。そのことによって真の力を掴み取る生き方。幾つかの論点が提示されていますが、本書において一番強調されていたのは、大体そのようなことです。

 

 また、漱石ウェーバーを用いて議論を進めるという著者独特の論理展開にも注目です。猛烈な勢いで近代化が進行する時代を生きた、漱石ウェーバー著作を、「悩む」ということを主要な問題関心に据えながら読み解いていくというのは、とても面白い試みだと思います。

 

 自らの人生について迷いや悩みがある方にオススメの一冊です。この本を読んでいただければ、悩んでいる自分をもっと肯定できるのではないかと思います。

 

 「悩む」ということを放棄するのではなく、苦しみをしっかりと抱えながら生き続ける。多くの人々が、様々な困難を抱えながら生きざるをえない中、抱えている困難を解決できないということに絶望したくなる状態で、悩んでいる自分を肯定出来るかどうかということは、実はすごく重要なことなのではないかと思います。

 

 ちなみに、この本には続編があります。機会があれば、続編も紹介したいと思います。

悩んでいる自分を受け入れ、じっくりと向き合うことの重要性

僕自身の経験や、これまで読んできた本、聞いてきた話などをもとに僕なりにいろいろと考えたことを簡単にまとめてみました。まだまだ考えも文章を書く力も未熟ですが、読んでくださる方に少しでも有益なものとなれば幸いです。

 

1、悩んでいる自分を受け入れ、じっくりと問題と向き合う

 

悩むことについて、ネガティブに考える方はけっこう多いと思います。

 

確かに自分が何かに悩んでいて仕事や恋愛やその他いろいろなことが上手くいかないでいる間に、友人やライバルが順調に物事を進めているのを見ると、良い気持ちはしませんし、悔しい気持ちになりますし、自分だけが取り残されるのではないか、と不安な気持ちになり、焦りたくなるでしょう。

 

それと同時に、悩んでいる自分がとてもカッコ悪く見えて、どうしてこんなところで止まっているんだろう、と嘆かわしく思うかもしれません。そんな時にどのように考えたら楽になれるのでしょうか。今回はそのヒントについていろいろと自分なりに考えてみました。

 

2、悩んでいる自分を許してあげよう

 

自分を許す。

 

いろいろな方法があると思いますが、結局はやはりこれに尽きるのではないかと思います。

 

思いえがく理想の姿とは程遠く、苦しんで前に進めないでいる自分をまずは許してあげるべきかなーと思います。

 

本当の意味で前に進んでいくためには、きっと今の自分を受け入れなければならないはずだからです。

 

3、解決を急がない

 

人生にはやるべきことがたくさんあります。自分が理想とする生き方をするためには、一日24時間では足りないという方も多いでしょう。

 

そんな中で、何か問題に直面して前に進めないでいると、早く問題を解決したい気持ちになると思います。確かに仕事のやり方とか、そういった技術的な課題であれば、早く効率的に解決した方が良いでしょう。

 

しかし、「これからもこの生き方でいいのか?」とか「今まで頑張って物事に取り組んできたが、何だか最近それが虚しくなってきた」みたいな感じの悩みであれば、じっくりと時間をかけて向き合うべきだと思います。

 

読んでいる人が何でも効率的に割り切れるかのように考えてしまうような、書き方の文章を時折目にしたりしますが、じっくり取り組むべき問題には、やはり時間をかけてじっくりと向き合わなけてばならないでしょう。

 

4、最後に

 

これが正しい!と自信を持って言い切ることは出来ませんが、僕自身の経験や耳にしてきた話をもとに、いろいろと僕なりに考えて、書いてみました。

 

少しでも考えるきっかけやヒントが提供出来れば幸いです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

オススメ本紹介(1) 小坂修平『そうだったのか現代思想』

自分の話ばかりだとネタが尽きそうだし暗い話ばかりしてしまうので(笑)、今日は少し趣向を変えて、本の紹介を行いたいと思います。

 

「オススメ本紹介(1)」というタイトルになっていますので、(2)、(3)がこれから出てくるのかと思った方もいらっしゃるかもしれません(笑)。もちろんこのような投稿をこれからも続けていくつもりで番号をつけてみました。僕がオススメの本を紹介する記事として、定期的に投稿していく予定です。

 

コンセプトとしては、僕が面白いと思った本を他の方にも読んでもらうことを目的としています。

したがって記事も、本の内容にガッツリ触れながら批評をしていくというよりも、本の著者と内容についてごく簡単に紹介した後に、どのような方にオススメなのかとか、なぜオススメなのか、ということについて書いていくことになると思います。

 

今回紹介させていただくのは、下記の本です。

小坂修平(2002)『そうだったのか現代思想 −ニーチェからフーコーまで−』講談社

 

1、著者紹介

 

では、先ほどの予告通り、簡単な著者紹介をさせていただきます。(本書の表紙内側を参照。)

小坂修平氏は、1947年に岡山県で生まれ、福岡県で育ちます。学歴は東京大学中退。1979年から執筆活動を始めており、哲学や思想を中心に幅広い評論活動を展開しています。

特に、難解に陥りがちな哲学を、水準を落とさずに、平易に解説することでは定評があり、哲学ブームのきっかけを作った方でもあります。

著書には他に以下のようなものがあります。

 

『イラスト西洋哲学史』(宝島社

『ことばの行方 終末をめぐる思想』(芸文社

『非在の海 −三島由紀夫と戦後社会のニヒリズム』(河出書房新社

現代思想のゆくえ』(彩流社

『自分という「もんだい」』(大和書房)

 

2、内容紹介

 

続いて簡単な内容紹介をさせていただきます。

現代思想と一口に言っても、非常に多くの思想家がいるわけですが、著者が同書において取り扱っている思想家は、以下のような人たちです。

 

ニーチェ(第1章)、フロイト(第2章)、ソシュール(第3章)、ハイデガー(第4章)、サルトル(第5章)、レヴィ=ストロース(第5章)、デリダ(第6章)、ジル・ドゥルーズ(第7章)、フェリックス・ガタリ(第7章)、ロラン・バルト(第8章)、ボードリヤール(第8章)、フーコー(第9章)

 

したがって、主要な思想家はほぼカバーしていることになります。

ご存知の方も多いかと思いますが、現代思想を分かりやすく解説した本っていうのは、けっこうあります。

ただ、この本がよく見かける現代思想の入門書と同じというわけではありません。

著者の小坂さんが前書きにも書いているように、この本には大きな二つの特徴があります。

まず一つ目は、ニーチェからスタートしているところ。

そして、二つ目が「相対主義」をテーマとして掲げているところです。

 

まず、一つ目の特徴について。

それまでの西洋の哲学を根本から否定したニーチェより現代の哲学が始まった、という考え方は、けっこう一般的なので、ニーチェからスタートしているという点は、他の多くの本と共通する部分でもあるかもしれません。

 

そして、次に二つ目の特徴である相対主義について。

相対主義」というと、少し難しく聞こえるかもしれません。そこで、主義を取って、「相対」という言葉について少し説明します。

 

「相対」は、「絶対」という単語と反対の意味を持つ単語です。物事が、それ単独でというよりは、他のものと関係づけられて捉えられたり、意味をなしたりする、という感じです。

 

著者は、現代思想相対主義的であると捉えられがちであることに着目し、それが何を意味するのかということについて考えています。実際本を読んでいると「相対主義」という単語がしょっちゅう出てきます。

 

3、どのような方にオススメか

 

ではちょっと話をまとめます。。。

この本は一貫したテーマを据えています。なので、各章が扱っている思想家は異なりますが、それらはバラバラではなく、内容的にとてもつながりを持って書かれているため、けっこう面白く読めると思います。

 

なので、現代思想の本を読みたいが、教科書を読むようにそれぞれの思想家について網羅的に学ぶのではなく、一冊の本を自然に読むように一人の著者の語り口による現代思想の解説を面白く読みたい、という方にオススメです。

 

 

 

近所の売店が閉店になってしまい、なんとも言えない虚無感を味わっている話

 近所の売店が閉まってしまったことと、それを受けて僕が思ったことについてお話ししようと思います。

 

1、閉店してしまった近所の売店

 

 僕は家族とアパートで暮らしています。そんなに贅沢は出来ませんが、今の暮らしには満足しています。そんな僕たちの家族の暮らしを支えていたものがあります。それは、自宅から歩いて30秒のところにある売店です。

 

 僕たち家族は、僕が幼稚園児くらいの時に現在住んでいる場所に引っ越してきたのですが、その売店は当時からありました。勤めている従業員は3、4名くらいで、シフト制でお店を運営している感じなのですが、ずっと同じメンバーでした。僕が引っ越してきてからは、ずっと同じ人たちだったので、少なくとも10年以上は勤めているメンバーなんだと思います。なので、僕が大きくなる過程をずっと見守ってくれていた人たちでもあります(笑)。

 

 売店の割には結構遅い時間まで営業していて、夜は10時くらいまで営業していました。なので、僕が家族と夕食を食べ終えてから、少し小腹が空いてくると、よくチョコレートやらアイスクリームやらを、小さい手で小銭を握りしめながら、アパートの階段をトコトコ降りて、買いに行っていました。

 

 その売店が先日閉店してしまったのです。1ヶ月半くらい前からお店の入り口にポスターが貼られていて、閉店のお知らせと最後の営業日について告知がなされていました。ただ、10年以上親しんできただけに、にわかには信じがたいものがありました(笑)。

 

 しかし、その売店に何気なくいつものように買い物をしに行って、店員のおばさんに「入り口のところに貼られてるやつ見た?今月までだからね。閉まるまで毎日買いに来てね。」と笑顔で言われた時には、お店が閉まってしまうという実感が少し湧いてきました。

 

 最後の営業日にも僕はお店に行きました。そして、買い物をして出た後に、売店の外観をスマホで写真に収めました。昔から知っているこのお店の外観が変わってしまう前に、何かしら残しておきたいと思っていたからです。実際には、売店が閉まってから2、3日間くらい店の中は空っぽでしたけど、看板とかはそのままだったので、少し離れたところから眺めると、閉まっているのかどうか分からない感じでした。しかし、数日が経過すると本格的に取り壊しの工事が始まって、看板も取り外されていきました。

 

 撤去の作業が全部終わった後は、本当に何もかも空っぽで看板もない状態。僕は仕事の行き帰りなどでそこの前を通るのですが、たかが売店とは思いつつも、何とも言えない虚無感を味わってました(笑)。

 

2、現在は学童保育の施設

 

 実を言うと、お店の跡の前を通るたびに虚無感を味わっていたのは、少し前の話になります。現在は、そこは学童保育の施設として利用されています。なので、僕が慣れ親しんだお店はもうそこにはないにしても、元気の良い子供たちの様子がうかがえるので、見てる方も何となく元気をもらえます。

 

 一応この話は、内容的には、売店が閉店したという話にとどまることは間違いと思います(笑)。ただ、僕にとっては、ずっと親しんできただけに、時代の流れを実感するような出来事でもありました。

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

人生をごく簡単に振り返って 〜東京から沖縄へ〜

こんばんわ。今回は2回目の投稿になるので、僕がこれまでどのような人生を過ごしてきたのかについてお話ししようと思います。前回の投稿でも、似たような内容について書いていましたが、前回は主に大学生活についてのみ書いていた感じなので、今回はもう少し時間を遡って、僕が生まれたところから書いてみようと思います。

 

僕は、東京都で生まれました。両親は二人とも沖縄出身ですが、結婚した後に出稼ぎのために上京していたため、僕がそこで生まれることになったのです。

 

東京都の大田区という場所でした。23区なので、東京の中でもかなり都会になるのですが、僕が住んでいた場所は住宅街で、下町の雰囲気が漂っており、今思い返してもとても良い場所でした。商店街ももちろんあるのですが、それ以上に僕の記憶に残っているのは近所にあったお米屋さんで、そこの煎餅が美味しかったのを覚えています。

 

しかし、両親は常に不安で神経質な様子だったのを覚えています。何せ田舎から上京してきた核家族ですから、自分からすすんで友人を作るようなタイプの人間ではなかった両親は、家族なので完全に一人ではないにしても、なかなかの孤独感を味わっていたのだろうと思います。

 

実際、箪笥に入っている当時の家族の写真を見ても、父親も母親も、そしてそれにつられてなのか僕も、神経質で不安そうな表情をしています。

 

当時はバブルの時代でした。僕たち家族を含め東京に住んでいた人たちは、特にその恩恵を受けていたような気がします。僕が生まれるまでは、両親共働きだったので、そこまでいい仕事をしていたというわけではないのですが、お金はかなり入ってきたようです。週末になると、毎週のようにデパートに行って、食事をしたり、洋服や雑貨や本を、あまり予算を気にすることなく、買っていたそうです。

 

お金とモノには満たされた生活を送る一方で、都会での生活に疲れたのか、母親は次第に弱っていき、母親は沖縄の実家に帰ることになり、僕も母親と一緒に沖縄に行くことになりました。

 

それから今に至るまで、僕と母親は沖縄で暮らしています。父親は一時、沖縄に帰ってきて、一緒に暮らしたりもしましたが、一年も経たないうちに東京に帰りました。母親からあとから聞いた話によると、その時には両親の仲がだいぶ悪くなっていたようです。まあ、聞かなかったとしても、子供ながらにわかるくらい、悪かったのですが。

 

そして、僕が高校1年になった時に、両親の離婚が成立しました。離婚が成立するまでは、僕たちが十分に生活できるだけのお金を父親は東京から送ってくれていたのですが、離婚が成立してからは最低限の養育費だけになりました。沖縄では、離婚した後、養育費が払われないケースがほとんどなので、僕はかなりラッキーなケースではあったんだと思います。ただ、そうは言っても生活は厳しくなりました(笑)。

 

前回の投稿で、僕は自分の家庭が裕福ではないという話をしたと思いますが、その原因はこれです。

 

数年前までは、自分が不幸であるとか色々考えていました。

 

しかし、僕も一人前というにはまだまだ程遠いものの、だいぶ大人に近づいたのである程度割り切っています。そして、このような現状も受け入れて、出来ることからスタートしてやっていくつもりです。

 

自分が思い描いている理想の生き方に少しでも近づいていければと思っているし、そんな感じでいきながら人生を楽しみたいなーっていう感じです。

 

今日はこのペンを置きます。なんか前回の投稿に続いて、暗い話が多くなってしまっているので、もう少し明るい話も出来るように頑張ります(笑)。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

僕が送ってきた大学生活 〜アルバイト、そして休学の話〜

こんばんわ。今日からこのブログをスタートします、DaiChanと申します。

簡単な自己紹介をさせていただきます。僕は現在22歳です。

現役の大学生ですが、今年の4月から大学を休学しているため、学校からは半年くらい遠ざかっています。

 

今日は僕の大学入学から現在までを簡単にお話ししたいと思います。

僕は3年前に高校を卒業してから、地元の大学に進学しました。

 

家庭があまり裕福ではなかったため、奨学金だけでは学生生活をスムーズに送ることが難しかったため、すぐにアルバイトを始めました。

最初にやったアルバイトは大学の近くのスーパーマーケットでの品出しの仕事でした。アルバイトといっても、1ヶ月に100時間以上はシフトで組まれ、残業もほぼ毎日あったので、結構働いていました。

繁忙期には160時間近く働きました。ややブラックでした(笑)。学業とアルバイトの両立は、容易ではなかったものの、努力を続けたおかげで、それなりに良い成績を維持できていました。

 

そんな感じで、大学の前半の2年間が終わりました。3年次からは、ゼミにも所属するので、これまでやっていたよりも、より本格的に勉強に取り組まなければならないと思い、約2年間続けたスーパーでのアルバイトを退職を決断。

高校を卒業したばかりの世間知らずの僕は、無防備な状態でこのバイトをスーパーに勤務していたので、2年間も経つと、立派な社畜になっていました(笑)。

残業も全く文句を言わずにやる、言いつけられた仕事をなんでも最後までやる、そんな僕は、自分で言うのもあれですが、社員やパートのおばさんたち、そして同じアルバイト生からかなりの信頼を得ていたため、「学業に専念するために退職します」と言った時にも、誰にも咎められず、むしろ応援されました。そして、退職の際には、お菓子やらビールやら(スーパーなので(笑))たくさんのプレゼントをもらいました。

 

そして、別のアルバイトを始めました。ショッピングモールの専門店でのアルバイトです。現在もそこで働いています。

前のところと違って、社員と契約社員、そして学生アルバイトをきちんと使い分ける、すごく分別のある会社です(笑)。勤務も月に80時間くらい。そして何より、急な残業をお願いされることが一切ありません。前のバイト先の文句を言うつもりはないですが、これがまともな会社なんだなー、って感じました(笑)。

 

さて、アルバイトの話はこれくらいにして、大学での生活についても少しお話ししたいと思います。僕は文系の学生で、政治学を専攻しています。第一志望で入学したところではないのですが、今までのところは学業をとても楽しんでいます。また、周りにも勉強を楽しんでいる人がとても多いので、張り合いもあります。

 

3年次から始まったゼミでは、国際関係を中心にさらに勉強を進め、充実した日々を送っていました。しかし、僕はそこで少し考えました。

「このまま卒業してしまうのはなんだかもったいないな〜」そして、3年次を終えた後に、1年間大学を休学することにしたのです。休学期間に何をするのか、具体的に決めることもなく、予定通り休学の手続きを終えて、今年の4月から大学を休学しているところです。

 

もう9月になってしまうのですが、休学してから何をするのかをちゃんと決めていなかった、そしてもともと家庭があまり裕福ではないので自由に使えるお金に限りがあった、ということもあって、まだ特に何も出来ていない状況です。少しだけ焦ってます(笑)。

 

ただ、少し真面目な話しをすると、大学に入学してから3年間、バイトも学業も必死に頑張ってきたわけですが、3年間をあまりにも忙しく過ごしたために、自分が何をやりたくてこんなに忙しい生活を送っているのかが分からなくなっていたのです。そこで、自分自身の大学生活を一度リセットしたいと思い、休学に踏み切ったわけです。

 

家庭も裕福じゃないのにあまえてる場合かよ!という意見も親戚から少しありました。確かにそれは正論だと思います。しかし、裕福じゃないながらもせっかく大学に入学させてもらって、また、自分もそこで必死に頑張ってきたので、卒業する時に後悔するようなことはしたくないと思いました。これまで僕を応援してくれた周りのためにも、そして自分のためにも。

 

何をやりたいのかについては、人に言えるほど明確なかたちにはなっていませんが、一応あります(笑)。なので、残り半年間の休学期間、きちんと過ごそうと思います。

 

今日はこの辺でペンを置きますが、アルバイトや学業の話について、また次回以降また詳しく書いていければと思ってます。